『大人は判ってくれない』 フランソワ・トリュフォー監督 (1959)

海 白黒フランス映画

『大人は判ってくれない』 フランソワ・トリュフォー監督 (1959)

 

映画のあらすじ

アントワーヌ・ドワネルは学校では劣等生だった。母親は厳しく、義父は稼ぎが少ない家庭に育つ。両親は喧嘩ばかりの毎日だ。そんなある日友人のルネと学校をサボった。遊園地に行き映画を見たりした。次の日学校で「母が死んだ」と嘘の理由を言い教師に同情されるが、両親が学校に来てしまい嘘がばれてしまう。

その後母親が急に優しくなり、文章の課題で五番以内に入れたら1000フランあげると約束する。バルザックの写真を飾った箱に蝋燭を立てるがボヤを起こし父親に怒られるが、母親の提案で皆で映画を見に行くことになる。

しかし、作文がバルザックの文章の丸写しであることがバレて停学になってしまう。アントワーヌを庇ったルネも停学になってしまう。

もう家に帰れないと家出をして友人のルネの家に滞在する。ルネと一緒に父親の会社のタイプライターを盗むことにする。しかし換金できず、警備員に捕まってしまう。

その後、アントワーヌは父親に警察に連れていかれ、鑑別所に送られることとなる。感化院に送られたアントワーヌのところにルネが訪問してくれるが係員が取り合ってくれない。母親との面会では散々ひどいことを言われる。

サッカーの試合中隙を縫ってアントワーヌは感化院を脱走する。どこまでもどこまでも走っていく。最後海にたどり着き波打ち際でこちらを振り返る。

映画の感想

ストーリーやテーマについて

ヌーヴェル・ヴァーグを代表する映画監督フランソワ・トリュフォーの長編初監督作品。1959年公開。トリュフォー自身の子供時代をほぼ映画化した作品である。この後『アントワーヌとコレット/二十歳の恋』、『夜霧の恋人たち』、『家庭』、『逃げ去る恋』と10年以上続いていく一連の作品となる。

トリュフォー自身の少年時代を映画化しており、その後の作品も同じ役者が役を続けていくのが面白い。

またパリの風景や当時の学校の様子などが判って面白い。

アントワーヌが悪さをしてビンタされるシーンは本当に痛そうだった。

最後のシーンで海を走り走り切ったところでこちらを向き顔がアップになって、そこのところが何を意味するのか。トリュフォーは前向きに生きていくことを意志していると言っているそうだ。

演出や脚本について

子供たちが多く出てくるがそれぞれの人物が個性的にうまく演出できていると思う。

ルネの妹を連れて赤ずきんちゃんの人形劇を見るシーンで幼稚園の子供たちが夢中になってるのは演出というか実際の様子をそのまま撮影しているようだ。

映画の初めでパリの街をエッフェル塔などを見ながら廻るシーンから始まる。音楽は楽しげな音楽だ。しかし、後半アントワーヌが警察に捕まり護送車に乗せられ連れて行かれるシーンは悲しい。アントワーヌはそこで初めて泣いている。パリの街を見ながら。ひとりになってしまった孤独や悲しさがこみ上げてきたのだろうか。

一方感化院では寂しさや悲しさは感じ察せない。1人で自立して生きていく覚悟ができたのだろう。

キャラクター&キャストについて

この後もアントワーヌを主人公にした映画は続き、「アントワーヌ・ドワネルの冒険」という名で呼ばれる。

役者の年齢とともに物語も進んでいくのが面白い。

のちにトリュフォーは少女版の『大人は判ってくれない』を撮りたいと構想していた。1988年にシャルロット・ゲンズブール主演でクロード・ミレール監督によりトリュフォーの死後実現された。

まとめ

ヌーヴェルバーグの巨匠フランソワ・トリュフォーの長編デビュー作だけあって、彼の想いが詰まっている映画です。そして、それと同時にヌーヴェルバーグ映画として世界に影響を与えた一作です。アントワーヌ・ドワネルものとしてシリーズになっているので、そちらも含めて見るとより深く作品の面白さを味わえると思います。

誰もが子供時代の不安や孤独を感じている感情、行動が映像化されていて共感できる何度も見たくなる名画だと思います。

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